福島の会津地方には、「わっぱめし」という、素朴で奥深い郷土料理があります。
丸くて浅い木の器「わっぱ」に、炊きたてのご飯と季節の恵みを盛り付け、蒸し上げて仕上げる一品。山の幸や川魚、きのこ、根菜など、土地に根ざした食材が美しく並び、蓋を開けた瞬間に立ちのぼる湯気と木の香りが、食欲をそそります。
雪深い地域では、特に冬の食文化が発達しています。食料が尽きることもあれば、厳しい寒さに耐えながら、外に出ることもままならない日々が続く冬。そんな過酷な季節を乗り越えるため、命をつなぐ知恵が暮らしの中で磨かれてきました。その中で自然と、米を中心に発酵や保存の文化が育まれてきたのです。
雪国の食文化は、まさに命をつなぐ工夫の宝庫。
それでも、「おいしく食べたい」という気持ちは、どんな時代にも変わりません。暮らしの中から生まれた工夫や知恵には、今を生きる私たちが学ぶべきことがたくさん詰まっています。
会津で出会った「わっぱめし」も、そのひとつです。
雪深い地域の命をつなぐ「おいしい」知恵
「わっぱめし」は、先人たちが自然とともに生き抜いた冬の暮らしから生まれた、“おいしい知恵”の結晶です。
体を芯から温める工夫、自然と寄り添う暮らしの姿勢、ものを大切に使い続ける精神、そして一品で効率よく栄養バランスを整える知恵。この料理には、エコで合理的な工夫とともに、私たち現代人がより豊かに生きるためのヒントが詰まっています。
厳しい冬に備える「保存食」
雪国の暮らしには、冬に備えた保存の知恵が息づいています。春の山菜、夏の野菜、秋のきのこ──四季の恵みを干したり塩漬けにしたりして、冬の間も食を楽しめる工夫が重ねられてきました。
発酵は、保存性を高めるだけでなく、旨味や栄養価も引き出してくれる自然の力。わっぱめしには、干した山菜やきのこ、塩蔵した川魚などの保存食がよく合います。蒸すことでふっくら戻り、素材の風味と栄養がよみがえる──まさに、理にかなった冬の調理法です。
貴重なたんぱく源と一緒に炊き込まれたごはんは、見た目にも華やかで、食べる楽しさも満点。一つの器に、ごはん・具材・栄養がぎゅっと詰まった「整う一膳」。それが、わっぱめしの魅力です。
「蒸す」という調理法の効率性
わっぱめしを口にすると、まず感じるのが“アツアツのご飯”の温もり。寒さの厳しい会津の冬において、体を内側からしっかり温めてくれる一杯です。
また、寒冷地では燃料の節約も重要な課題でした。「蒸す」は、少量の水と熱源で複数の食材を一度に調理でき、熱が逃げにくいため保温性にも優れています。
燃料効率がよく、エコにつながる──そんな調理法が、日常の中で自然と選ばれてきたのです。さらに、蒸気が室内の空気を温めてくれる副次的効果も。囲炉裏やかまどで蒸しながら暖をとる。それは、食と暮らしが一体となった、昔ながらの知恵そのものです。
循環型の道具としての“わっぱ”
わっぱには、料理だけでなく“器そのもの”にも知恵が宿っています。杉やヒノキといった地元の木を使って作られたわっぱは、間伐材などを活用した地産地消の道具。使い終わっても自然に還る素材は、プラスチックとは異なり、環境への負荷も小さくて済みます。
木のぬくもりに包まれた「わっぱめし」は、身体にも心にもやさしい“整えごはん”。慌ただしい日々の中でも、ほっと深呼吸するような、あたたかな時間を届けてくれます。
会津と新潟、同じ“わっぱめし”でも味わいはそれぞれ
実は「わっぱめし」という名前は、新潟でも聞かれます。
地図を広げてみると、会津の向こう側には、新潟県魚沼市という米どころが広がっています。いずれも内陸の雪深い土地です。じつは文化的にも共通点が多く、わっぱめしもその一つ。
ただし、スタイルには違いがあります。
新潟のわっぱめしは、出汁で炊いたご飯に、甘辛く味付けした海鮮や煮物をのせたものが中心。しっかりした味付けが特徴です。
一方、会津のわっぱめしは白ごはんが基本。食材の持ち味を活かした、あっさりとした味わいが魅力です。杉ではなくヒノキのわっぱが使われることも多く、蒸し上がった瞬間の香りも楽しみのひとつです。
会津では「田季野(たきの)」という老舗が、わっぱめし発祥の店として知られています。築250年の建物で、囲炉裏のぬくもりに包まれながら味わうわっぱめしは、まさに会津の伝統をそのまま体験できる時間。
また、新幹線の停車駅・郡山でも、気軽にわっぱめしを楽しめるお店があるのでご紹介します。
【おすすめスポット】益元(福島県 郡山市)

ヒノキの香りがふんわり漂い、ふっくら蒸し上がったご飯と新鮮な魚介の相性は抜群です。ランチにもぴったりの一品です。
益元(ますげん)
福島県郡山市桑野4丁目8−10
TEL:024-922-9011
定休日:日曜日
「わっぱめし」は、雪国の知恵とやさしさが詰まった一膳 ── 自然とともに暮らし、ものを大切に受け継ぐ姿勢が、現代の私たちに“豊かに生きるヒント”をそっと届けてくれます。
プロフィール

GLOCAL EATs
ソーシャルデザイナー 石松 佑梨(いしまつ ゆり)
サッカー日本代表選手をはじめ、世界で活躍するトップアスリートの専属管理栄養士として食トレを提供する。次代を担うジュニアアスリートの食育にも力を入れる。近年では雑誌や商品、レストランなどの栄養監修に携わる一方で、絵本作家としての活動に注力している。
著書:過去最強のコンディションが続く 最強のパーソナルカレー(かんき出版)
インスタグラム:personal_curry
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