なんでモロッコ料理はおいしいの?

モロッコは、地中海・アフリカ・中東・ヨーロッパという四つの文化圏が交わる場所に位置し、古くから人や文化、交易が行き交う「食の交差点」として発展してきました。そのため、モロッコ料理には多様な文化の影響が自然に溶け込んでいます。
アラブのスパイス文化からはクミンやコリアンダーなどの香り高い使い方を、先住民族ベルベルの知恵からは穀物や豆、野菜を中心とした素朴で滋味深い食文化を受け継いでいます。さらに、フランスからは盛りつけや味の洗練、デザートの繊細さを、スペインからはオリーブやレモンに代表される爽やかな酸味の感覚を取り入れています。これらの要素が無理なく調和し、一皿の中に香り・彩り・味わいのバランスが見事に共存していることこそ、モロッコ料理の最大の魅力です。
一方で、モロッコの多くの地域は乾燥した気候にあり、水資源が限られています。降水量は不安定で旱魃(かんばつ)の影響も受けやすく、人々は古くから水を大切に使う知恵を育んできました。こうした環境の中で、水をほとんど使わず、食材の持つ水分と旨みを生かして調理する独自のスタイルが発達しました。代表的なタジン料理もそのひとつであり、限られた資源の中から生まれた知恵と、多文化の融合が、モロッコ料理を唯一無二のおいしさへと導いているのです。
主食は「パン」

モロッコの多くの地域は乾燥気候で湿度も低く、水田栽培が必要な米の生産には向いていません。そのため、主食は小麦が中心で、自給率はおよそ60%前後にとどまります。不足分はフランスやロシア、カザフスタンなどの主要輸出国から輸入しつつ、輸入依存を減らし自給率を高める取り組みが続けられています。
モロッコの主食として最も身近なのはパンです。パンは比較的短時間で焼けるため、毎日の食事に便利で、日常的に食卓に並びます。その種類も豊富で、丸く厚めのボブスをはじめ、フランス統治時代の影響を受けたバゲットや甘くないドーナツのベニエもよく見かけます。また、バグリールと呼ばれるモロッコのパンケーキは、バターやハチミツ、ジャム、クリームチーズなどを添えて楽しむのが一般的です。

旅行中は、伝統的なリヤド(モロッコの宿)でこれらのパンやバグリールが朝食としてふるまわれ、フルーツやオレンジジュースとともに、地元の味をそのまま体験できます。
特別な日の主食「クスクス」

パンが日常の主食である一方、モロッコの家庭や特別な食卓で欠かせないのがクスクスです。クスクスは小麦の粒を蒸して作る料理で、ふっくらと軽い食感が特徴です。家庭では、肉や野菜と一緒に一皿で提供され、金曜日のランチやお祝いの席など、特別な時間に食べられることが多くあります。

クスクスは「クスクスィエール」と呼ばれる専用の二段鍋で蒸されます。下段にはスープや煮汁を入れ、上段に粒状のクスクスを置くことで、直接水に浸さずに蒸気でふっくらと仕上げます。この方法によって、粒がくっつかず、香り豊かで軽い食感が保たれるのです。作り置きして再加熱しても美味しく食べられるため、毎日作る必要はなく、特別な日の料理として家庭で大切にされています。
地産地消のフレッシュ野菜を食べる「モロカンサラダ」

モロッコの市場や家庭では、新鮮な地元産の野菜が主に使われています。トマト、キュウリ、ナス、パプリカ、ハーブ類などは、ほとんどが近隣の農家から届けられ、季節ごとの旬の野菜を食べる習慣があります。都市部の市場でも、朝採れの野菜がその日のうちに並び、売り切れ次第終了ということも珍しくありません。
このように、モロッコではスーパーよりも地元市場や直売所を通じて食材を手に入れることが一般的で、野菜はなるべく地元で採れたものを食べる、いわゆる地産地消の文化が日常的に根付いています。また、家庭菜園や屋上菜園でハーブや野菜を育てる家庭もあり、新鮮さや季節感を重視する食生活が守られています。
そのため、モロッコのサラダ(モロカンサラダ)はとびきりおいしいです。トマトやキュウリ、玉ねぎを細かく刻み、オリーブオイルとレモン汁で味付けしたサラダはシンプルですが野菜のおいしさを感じます。焼き野菜のサラダやパプリカやナスを焼いてペースト状にしたサラダもおすすめです。
ラマダンを支える伝統的なスープ「ハリラ」

ハリラはモロッコを代表する伝統的なスープで、特にラマダンの断食明けに欠かせない料理として知られています。
トマトやレンズ豆、ひよこ豆、玉ねぎ、セロリ、パセリやコリアンダーなどの香草を煮込み、クミンやターメリック、シナモンなどの香辛料で味付けした後、小麦粉のペーストでとろみをつけて仕上げます。温かい状態でパンと一緒に食べることが多く、栄養価が高くボリュームもあるため、断食明けに体力を補う食事として重宝されています。
家庭ごとにレシピや味付けが少しずつ異なるため、地域や家族ごとの味が色濃く反映されるのもハリラの魅力です。前菜としてもメインとしても楽しめ、モロッコの食卓文化を象徴する料理のひとつといえます。
モロッコ料理といえば、やっぱり「タジン」

タジンはモロッコの代表的な煮込み料理で、名前は料理に使われる**土鍋の「タジン鍋」**に由来します。円すい形の蓋を持つ鍋で、ゆっくりと食材を蒸し煮にすることで、肉や野菜に旨味がじっくり染み込み、柔らかく仕上がります。鶏肉やラム、牛肉に加え、ジャガイモ、ニンジン、ナス、ズッキーニ、オリーブ、ドライフルーツなどが組み合わされ、スパイスとしてクミン、ターメリック、シナモン、サフランなどが使われることが多いです。
私も、旅行中にタジンを9つほど食べました。日本のメジャーなタジンレシピよりもスパイスが強くないのが印象。食材が本来持つ味を引き出し、奥深さをつくるスパイスやハーブ使いは秀逸。これも野菜のおいしさが大きく関わっています。そしてタジンを毎日食べても飽きなかった理由の一つだったように思います。
タジンは、家庭料理として日常的に食べられる一方、特別な日のごちそうとしても登場します。食卓にそのまま鍋ごと置き、パンでソースをすくいながら食べるのが一般的で、モロッコの「みんなで分け合う食文化」を象徴する料理でもあります。
スパイシーなラムハンバーグ「ケフタ」

ケフタはモロッコの人気料理で、スパイスで味付けしたひき肉を使った料理です。牛肉や羊肉が使われることが多く、パセリやコリアンダー、クミン、パプリカなどで香り豊かに仕上げます。形は丸めて焼いたり、フライパンで焼きながら煮込むこともあり、トマトソースやスパイス入りのソースで煮込む「ケフタ・タジン」として提供されることもあります。
家庭料理として日常的に食べられるだけでなく、屋台やレストランでもよく見かける一品で、パンやクスクスと一緒に食べるのが一般的です。モロッコの人々にとっては、手軽に作れて香り高く、食卓に彩りを添える定番料理のひとつとなっています。
絶対飲むべき「ミントティー」

イスラム文化の影響でアルコールは禁忌。その分、甘いものへの関心が高いのが特徴です。
デザートには、アーモンドやナッツ、ハチミツ、フルーツ、シナモンなどの香り豊かな素材が使われ、手間をかけて丁寧に作られることが多いです。代表的なものには、薄いパイ生地にナッツやスパイス入りのペーストを包んで揚げたブリワットの甘いバージョンや、アーモンドやデーツを使ったペースト菓子、フランスの影響を受けたパティスリー風のケーキやタルトなどがあります。

これらはミントティーと一緒に楽しむことが日常的です。緑茶にたっぷりの新鮮なミントの葉と砂糖を加えて淹れられるお茶は、モロッコでは単なる飲み物以上の存在で、日常の水分補給や食後の一服としてだけでなく、おもてなしの象徴としても振る舞われます。
このように、モロッコのデザート文化は、禁酒の習慣と豊かな素材の組み合わせによって、独特で華やかな味わいが生まれています。
搾りたて「オレンジジュース」

オレンジといえばスペインのバレンシアが有名ですが、対岸のモロッコでも質の良いオレンジが作られています。モロッコのオレンジは**品質が高く、特にバレンシア種やナーブル種(スイートオレンジ)**が知られており、ヨーロッパや中東への輸出も盛んです。

世界的に「オレンジの国」というイメージはあまり強くありませんが、国内で味わうフレッシュジュースは格別で、旅行者にとってはむしろ強い印象を残します。私も毎日、スイートオレンジのフレッシュジュースを毎朝飲んでいました。フナ広場では、地元産の完熟オレンジをその場で絞ったジュースが人気です。
モロッコ“ととのい旅”第2弾は、イスラム教のおいしい食についてでした。来月もお楽しみにご覧ください。
プロフィール

GLOCAL EATs
ソーシャルデザイナー 石松 佑梨(いしまつ ゆり)
サッカー日本代表選手をはじめ、世界で活躍するトップアスリートの専属管理栄養士として食トレを提供する。次代を担うジュニアアスリートの食育にも力を入れる。近年では雑誌や商品、レストランなどの栄養監修に携わる一方で、絵本作家としての活動に注力している。
著書:過去最強のコンディションが続く 最強のパーソナルカレー(かんき出版)



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